メタゲームの世界

メタゲームの世界 0

メタゲームというのは、ゲームそのものではなく、ゲームをゲームの対象として

楽しもうという疑似ゲームである。例えばゲムカやシュピールカールテン

のように、ゲームの写真をカードにしたゲームとか、ゲームの結果を

賭けの対象にするゲームなどである。

以後、思いつくままにメタゲームの世界を旅してみよう。

メタゲームの世界 1 ゲーム会の運営

ゲーム会の運営は、苦労も多いが非常に面白いゲームである。

ちょっと考えてみただけでも、このゲームに魅せられた(人生を誤った(笑))人々を

何人も頭に浮かべる事ができる。

1.ゲームの準備

ゲームの準備は、会場を取ること、参加者を募ること、ゲームを運び教えること

である。ゲームのルールの翻訳やチャートの準備、点数表や名札の用意

なども含まれる。会場を取ることは、面倒で定期的にこれをこなすのは

かなりの苦労もあるが、軌道に乗ればさほどのことはない。それより

大変なのは参加者を集めることである。基本的にゲームではなかなか人は集まらない。

2.ゲームの目的

これは多くの人にゲームの楽しみを知ってもらうことである。

ゲーム会の参加者がゲームを楽しんでくれれば、運営者として

これに卓る喜びはない。この魅力は十分人生を過たせるに足る。

ましてや、参加者の中から、新たなゲーム会の運営者が育てば、

これは運営者冥利に尽きる。

3.ゲームの実際

ゲーム会の運営者は必ず時間前に会場に到着し、場所の準備を

しなければならない。これは当たり前であるが、当たり前であるがゆえに

極めて重要で、実は苦労も多い。

次にゲームを教えなければならない。しかしこれは苦労半分・楽しみ半分

である。松田道弘氏が、ゲームの本を書くときに「人類のアイディアを味わって

欲しい」という気持ちで書くというのを聞いたことがあるが、全くその通りで

ゲームは人類の叡知が凝集している。それを開陳する楽しみは、ほかのものには

換えがたい。

これも昔はとても大変だったが、今はインストラクターそのものが育って

いるので、随分楽になった。

どうです。あなたも、こんな(メタ)ゲームをしてみませんか?

ままにメタゲームの世界を旅してみよう。

メタゲームの世界 2 ゲーム会巡り

ゲーム会に参加するのはとても楽しい。まだこの楽し身を味わって

いない方がおられたらぜひ試してほしい。どこでいつどんなゲーム会が

開かれているかは、1番会議室を見れば悪徳商人さんの労作がある。

3番会議室を丹念に見てもいい。

さてゲーム会への参加の楽しさを知ったら、今度はゲーム会の

ハシゴをしてみよう。最近はゲーム会やゲームイベントも増え、

同じ日にいくつも重なることもまれではない。一体どちらへ

行ったらいいか迷うことも少なくない。昔を考えたら嬉しい悲鳴

だが、ジレンマではある。こんなときハシゴをしてみたらいかがだろう。

また遠くのゲーム会の訪問も楽しい。この辺りで感心するのは、

首都圏の小さめのゲーム会を丹念に回られるO氏、それから大きな

カバンを抱え、昨日は名古屋のEJF、今日は大阪の関JAGA、

明日は埼玉のゲーム会と、汗を拭き拭き飛び回るT氏である。

さてこれらが高じて行き着くのが、ゲーム会巡りである。

ゲーム会は週末に開かれる事が多いので、週末によっては4つも5つも

重なる事がある。これをうまく回ろうとすると、時間と場所が

絡み合い、まるでゲームのようである。そう、これはメタゲームなのだ。

1.ゲームの準備

私のお薦めは、オートバイである。都内や近郊のゲーム会を回るのに

これほど便利なものはない。

つぎに、簡単にできて面白く、適度に珍しくて時間のかからない

ゲームがあるといい。2人用、3人用、4人用、多人数用と

取り揃えられるとなおいい。

2.ゲームの目的

できるだけたくさんのゲーム会を回り、たくさんの友達を作り、

いろいろなゲームの実際を見、いろいろなゲーム会の雰囲気を知る。

3.ゲームの実際

ゲーム会に行くと、開始時間でない限り、いくつかのテーブルで

ゲームが行われ、どこにも入れない人が1~4人ぐらい、所在無げに

ゲームを見ていたりする。この人達が狙い目である。誘って

持って来たゲームをする。

ゲーム会のゲームは、インストを入れて1時間内外のものが多い。

また「ゲーム」の持つ性格として、途中での出入りは普通できない。

すると必然的に何人かの「浮いた」人が出てしまい、下手をすると

1時間以上ただみているだけになったりする。ゲーム会の運営者は

ゲームのインストなどに忙しく、なかなか対応しきれない。

そこで、そういう人を誘い込んでうまくゲームに導くのは、

なかなか大切な仕事なのである。

ゲーム会の雰囲気も、またプレーヤーの動向もなかなかに興味深い。

例えばJAGA、ボードウォーク、なかよし村という老舗3団体に

限っても、JAGAだけで見かける人、ボードウォークだけで見かける人、

なかよし村だけで見かける人(これは少ない)、JAGAとボードウォークで

見かけてなかよし村には来ない人(例えばK原さん)、ボードウォークと

なかよし村で見かけてJAGAではあまり見かけない人(例えばH田さん)、

JAGAとなかよし村では見かけてボードウォークでは見かけない人

(例えばN雲さん)、どこでも見かける人(笑)、など様々である。

これでかんぽに行くとまた会う人が違ったり重なったりするし、

橋本で、国分寺(小平)で、南行徳で、池袋で、豊洲で、と

知らない顔、知っている顔に出会うのがまた面白い。

ゲーム会の運営も、大会の持ち方も、人気のあるゲームも、会によって

少しずつ違うのも面白い。

みなさんも、こんなメタゲーム、やってみません?

メタゲームの世界 3 大会の運営

ゲームをゲームするメタゲームの世界。案外反響があって嬉しい。

さて3回目はこれこそゲームのゲーム「大会」について述べよう。

ゲーマーの中には大会の嫌いな人もいる。大会は時間的にもゲームの

種類としても拘束されるから、その気持ちも分からないではない。

結果は順位としてはっきり出るしね。でもなかよし村に限ってみても、

第4土曜は他の土曜の倍の参加者がいる。年に一度の八八の

大会では50名の参加者を数えたこともある。やはり大会は多くの

ゲーマーにとって魅力なのである。

大会では大会ルールというのが制定される事が多い。

これには二つの内容があって、

1.一般のルールを大会用にモデファイした「大会ルール」

2.大会の進行や対戦の組み合わせ、順位の決定法から行賞の内容まで、

要するに「大会のルール」 の二つである。

特にこの後者は、大会をいかにスムースに進め、つつがなく盛り上げるか、

手法の問われるまさしくメタゲームになっている。

ゲームのルールは、メビウスやG藤さんの登場などによって、

もう私の手を完全に離れている。またインターネットなどのサポートも

しっかりしているらしい。しかし翻って、大会運営の手法はどうだろう。

例えばなかよし村は200回を越える大会を運営しているから、

独特のノウハウの蓄積がある。それは十分に洗練され、毎回2時間

みっちりゲームを楽しめるようになっている。しかし、このノウハウは

どこにも発表したことがない。ノウハウの一部を書き出せば、

スーパーラウンドロビン

完全時間切り

各種大会ルール(上記の1.)

順位決定手順

ダブルダウン

マッチ勝率分配法

などなどとなる。こうしたノウハウを必要とするのは、しかし大会運営者

ぐらいのものだから、発表する価値は今のところ低い。だから

みんながもっと大会を運営してみればいいのである。

メタゲームへの誘いというわけだ。 みなさん、もっと大会を運営してみません?

メタゲームの世界 4 フェアリーゲーム

うふふ、いよいよ本命、フェアリーゲームの世界だ。

私見だがゲームの本質はシステムにあると思っている。これには異論も多々あろうが

ここでは措くことにして先へ進める。このシステムを引っ繰り返そうというのが

フェアリーゲームだ。つまりフェアリーゲームは、ゲームのルールをゲームの

対象にしたメタゲームと言うことができる。

1.ゲームの準備

まず元ゲームを用意する。ルールのしっかりしたゲームなら何でもいい。

次にそのゲームに堪能なプレーヤーを必要数集める。実はこれがなかなか

大変なのである。なぜなら、あるゲームに堪能なプレーヤーはそのゲームを

やりたがってフェアリーをやってくれない(怒り出す人もイるくらいだ)。

逆にフェアリーをやってくれそうな人は、特定ゲームの名手であることは

少ない。つまり常に奇特な人を募集することになるのだ。(笑)

ゲームの用具とプレーヤーを準備したら、次はアイディアだ。

「3.ゲームの実際」でも述べるつもりだが、フェアリールールの

要は「一点だけ変える」である。ルールのあっちもこっちも変えてはだめだ。

化学の実験の条件統一のように、変えるパラメーターは一つだけに

する。それでどこまで引っ繰り返るのかを見る訳だ。

2.ゲームの目的

1.フェアリー感覚を楽しむ。

一種の浮遊感と言うか、不思議な感覚を味わうのが、何と言っても

フェアリーゲームの第一義的目的だ。これは元ゲームに慣れていればいるほど

戦略に長けていればいるほど、強く感じられる。だから嫌いという人も多いが。

2.戦略を探求する

数学の証明でも、極端な場合を想定して図形の性質を求める、などという

手法は珍しくない。むしろ大変有効な手段だ。かのガウスもそうやって

考えたという形跡が狐の尻尾の消し後からほのかに分かるというほどだ。

フェアリーゲームは、それができるのだ。

3.普遍的なゲームの性質を探求する

上記に続くのだが、そのゲームを支えているシステムの骨格や背景が

フェアリーゲームをやることによって分かる、という側面がある。

フェアリーゲームは、個々のゲームを越えて、ゲーム一般に迫る

深い考察を与えてくれることがあるのだ。

3.ゲームの実際

ここでは、実際によく用いられる手法をいくつか列挙しよう

1.ミゼールにする

これはゲームの「目的」を引っ繰り返してしまうのだ。

3つ並べたら勝ち→3つ並べたら負け

点を取ったら勝ち→点を取ったら負け

王様を取ったら勝ち→王様を取らせたら勝ち

もちろんそれだけではゲームが成立しないこともあるので、あとは

どこをどう変えたら成立するか、変更点をなるべく少なくして、かつ

ゲームが面白くなるルールを考える訳だ。

2.多人数にする

二人ゲームの多人数化など、うまくいかないことが多いが、

たまにうまくいくと、すばらしい発見となる。二人ゲームに限らず、

麻雀やブリッジを5人や6人でやるなんてのも、この手法だ。

3.インディアンにする

自分の情報と他人の情報とを引っ繰り返す。これは不思議なゲームの

成立することの多い手法だ。

4.多次元にする

立体碁や、立体将棋などだが、カードのスートやデュプリケーションを

増やすのも立体化と言えぬこともない。

5.縮小する

ミニゲームを作るのだが、どこを切り落としても本質が失われないか

探求するのはかなり面白い。

6.違う用具でやってみる

7.一度にやる手数を増やす

等々、まだまだいろいろある。フェアリーの世界は底が深いのだ。

メタゲームの世界 5 シリーズ

子供達とゲームをやっているとき、ルールを飲み込んだ辺りで

「じゃあ点数をつけようか。5回戦ね。」などと言いながら

点数表を出して名前を書き始める。点数をつけるとますますゲームは

面白くなる。それは、個々のゲームの上に現れるメタゲームだ。

多くのゲームは回数を重ねる。回数を重ねて大きな単位にし、

それをまた重ねる。

最も基本的なまとまりとしての単位は、カードゲームの場合、ディール

と呼ばれることが多い。ボードゲームの場合はいろいろだが、局とか

番とか、勝負、ゲームと呼ばれる。それらが集まると、マッチとか

セットなどと呼ばれる単位になったりする。これはゲームの種類に

よって様々で、あまり統一されていない。

逆にゲームの最小単位は、プレーとかプライ、手、などと呼ばれる。

麻雀を例にとって説明しよう。

麻雀における1回の摸打が手である。プレーと言ってもよい。

通常4手で、一巡する。最大18巡ほどで1局が終わる。

連荘がなければ、4局で1場、4場で1荘となる。

手→巡→局→場→荘 というフラクタルとも言うべき構造をしている。

ブリッジも同様だ。

4プレーで1トリック、13トリックで1ディール、数ディールで1ゲーム、

3ゲームで1ラバーというわけだ。

そしてその上を行くメタゲームが「シリーズ」というわけだ。

メタゲームの世界 6 レコード(27314/27372)

ゲームを半年とか一年でまとめてペナントを争奪する、これは個々のゲームに

対するメタゲームをやっている訳だが、そのシリーズをまとめて

メタシリーズはできないだろうか。できないことはないだろうが、

あまりにタイムスパンが長すぎてピンと来ない。そこで注目されるのが

各種の記録である。野球の日本シリーズも、ペナントの行方が決定した

あとは各種の個人記録に目が行ってしまう。これはある種無理からぬ

ところがあって、レコードというのは期間無制限のシリーズなのである。

田中さんの指摘にもあるように、しかし、記録というのは部外者や興味を

持たぬ者には面白くも何ともない。けれども、経験者は決して少なくないと

思うのだが、この記録というやつ、一度ハマるとこれが滅法面白い。

いろいろな記録を詳細に計算したり、表にしたりしていると飽かずやってしまう。

かなり一人遊び的ではあるが、これはゲームを対象にしたゲーム、

すなわちメタゲームなのである。

メタゲームの世界 7 ゲームの創作

ついに究極のゲーム、ゲームの創作について語るときが来た。

もっとも「メタ」「ゲーム」のうち、メタは十分に満たされているが、

ゲームの創作が果たしてゲーム足り得るかというと、勿論相当に怪しい。

けれども人類にいまだもたらされていないようなシステムを持ち込み、

だれも見たことのない地平に導くのは、センスオブワンダーならぬ、

センスオブゲームをいたく刺激される。ゲームのルールそのものは、

極めてシステマティックだが、ゲームの創造の仕組みも、何らかの

隠されたルール、何らかの知られないシステムがあるような気がしてならない。

1.ゲームの準備

何をしたらよいかよく分からないのが正直な所だが、既存のゲームは

ある程度はやった方が良さそうである。ゲーム会社に勤めるとか、

ゲームサークルに加わるとかした方がいいような気はするが、

決して必須の準備というわけではない。

2.ゲームの目的

これはもちろん、面白くて、だれも考えつかなかったような

ゲームを創ることである。

3.ゲームの実際

これもよく分からない。大部分の人はゲームを創らない。

一部の人は、つまらないゲームをたくさん創る。一部の人は、

面白いゲームをたくさん創る。どういう仕組みでそうなるのか、

私にはちっとも分からない。

http://www2.ocn.ne.jp/~kusaba/gamenoki/kiji/meta.htmより転載