重心原理

どこかで「完全情報多人数ゲームは成立し得ない」という論考をした。内容的には同じことを書くが、一つ前の日記「独立と打倒」に関連して、「完全打倒型ゲームが終わらない」ことの理由を説明したい。これを厳密に証明すれば、アラン・チューリングの有名な1936年の論文(プログラムの停止は決定できるか)みたいだが、内容的に関係するところは少ない。

多人数ゲームは、コンピュータプログラムではないから、無限に走らせるわけにはいかない。何とか終わるように作ってある。これは打倒度を故意に下げているのであり、そのために運の要素を入れてある。多人数ボードゲームであっても、カードを引いたりダイスを振ったりして、解析度を下げている。あるいは、何らかのタイマー(終了条件)を設定して、強制終了させている。

今、そうした要素のない理想的ゲームを想定して、それが終了するかどうか考察してみよう。

当然それは、完全情報多人数ゲームになり、上記の二つの問題は同値であることが分かる。また最も簡単な例は、三人ゲームなので、ここではモデルとして三人ゲームを考える。

今、ABCの三人が、完全情報アブストラクトボードゲーム(ABG)をやっていると想定しよう。

ところで、二者完全情報アブストラクトボードゲーム(ABG1)では、両者の形勢は綱引きに例えられる。綱は最初は中央(先手・後手によって有利不利がある場合は、中央より少しずれていることもある)に置かれ、互いに引き合う。一方の有利はもう一方の不利であり、互いの形勢は綱の中央の印がどの程度地面の中央の印から離れるかによって、一義的に定義できる。

この場合、綱の中央の印が、地面に描かれた中央の印より予め定められた距離まで近寄れば、勝ちである。その印を「勝利地点」と呼ぼう。例えば太郎は次郎より若干力が強かったとすると(太郎>次郎)、紆余曲折はあるかも知れないが、結局太郎が印を自分の勝利地点まで引いて、勝利を収めるであろう。

この例は、二者ゲームでも膠着する場合がありうることを示している。すなわち、厳密に、太郎=次郎 の場合で、縄は中央で動かなくなるはずだ。だが少しでも力に差があれば、縄はジリジリと動き、決着はつくはずだ。

これを「決着条件:太郎≠次郎」と呼ぶ。それに対し、太郎=次郎 は、ゲームの膠着条件である。

さて、上記のイメージを三者ゲームに応用すると、どうなるだろう。

それは恐らく正三角形の頂点に勝利地点を置き、そこに立った三者から中央に綱を等距離繰り出し、中央でYの字に結びつけた「三人綱引き」のようなものになるだろう。Yの字の中央が「縄の中央の印」であり、これを自分の勝利地点まで引けば勝ちになる。

言い換えれば、ABCを頂点とする正三角形、△ABCを描き、そこから三角形の中心に向かって線分を垂らして中央で120°で結べばいいのである。

さて、この場合、ABCの三人は、Aが力が強く、縄をかなり自分の方に引いたとしよう。その場合、どんなことが起こるだろうか。

当然Yの字の一辺が極端に短くなり、BとCの合力がAに対抗することになる。これはAがAの勝利地点に引けば引くほど強くなる。こうしてAの力がBとCの力を加えたよりも強いほどの場合を除いて、結局Aは勝つことが出来ない。

ではAがくたびれて力が弱くなり、相対的にBの力が増したとしよう。すると中心点はBの勝利地点に近づくだろう。だがBの勝利地点に近づけば近づくほど、今度はAとCの合力がそれに対抗することになる。もちろんこれは、Cの勝利地点に近づいても同様である。

結局、誰かの力が0にでもならない限り、中心点は三角形の内部をふらふらして、決して誰の勝利地点にも達しないことになるのである。こうして全ての多人数ゲームは、原理的に膠着する。

これは、力の均衡したまっとうなレスラーによる、バトルロイヤルと同じである。私がそのようなレスラーなら、ひたすらみんなが戦って消耗するのを待つだろう。全員が私のようなレスラーなら、永遠に睨みあって、誰も手を出さないだろう。

こうした状況を、なぜ「重心原理」と呼ぶのかは、次のように考えれば了解できるだろう。

ABCの実力差を反映したモデルを作るには、二つの方法がある。

一つは、正三角形の頂点に滑車を設置し、ABCの実力に相当する重さの錘を下げるという方法だ。

もう一つは、正三角形でなく、ABCの実力に応じた不等辺三角形の頂点に滑車を設置し、同じ重さの錘を下げるのである。この場合、実力が大きいほど広い角度の頂点にする。これは、実力が大きいということは、中心点と勝利地点との距離が短いことを意味するのだから、容易に納得できるだろう。

さて後者の場合、中心点は三者の実力に応じて移動し、必ずある地点で止まる。もちろんそれはその三角形の重心である。だからこれを重心原理と名づけたのである。

「運の要素のない多者ゲームは、参加者の実力を頂点とした凸多角形の重心で停止する。」

これが、ゲームの一般重心定理(第一定理)である。厳密には多角形ではなく、凸多次元多様体に置き換える必要があるだろうが。

またこれを言い換えれば、次のようになる。

「完全打倒型ゲームは、終わらない。」

だが、これには反論があるかも知れない。二つの例の前者の例だと、例えばAの錘をBCに比して圧倒的に重くすれば、決着は着きそうではないか。

確かに決着は着く。だがそれがゲームになるだろうか。

二者ゲームに置き換えたらすぐ分かる。私が羽生さんと将棋を指すことを考えて欲しい。やる前から結果は分かっている。私はそれでもやってみたいが、羽生さんはやりたがるまい。要するにゲームにならないのだ。

これは三者でも同じである。二人を相手に圧勝する実力があるなら、初めからやる必要はない。

でも僅差なら?

では三者の場合の「決着条件」を求めてみよう。

詳細は省くが、これは三角形の幾何学的性質から、容易に求まる。Aの勝つ決着条件は以下の如しである。

A>B+C

幾何学の初歩的な定理に「三角形の二辺の和は、他の一辺より長い」というのがあるから、三者の実力が三角形を構成する場合は、上記の式が、どの頂点に対しても互いに成り立たないことになる。このようなゲームの膠着条件

A<B+C ∧ B<A+C ∧ C<A+B

は、二者の場合の、A=B よりずっと範囲が広い。何となれば、三角形が成立する全ての場合だからだ。(第二定理) およそゲームをやってみようという場合の、殆どがこれに当てはまるだろう。だから、ほとんどの三者ゲーム(ABGならなおさら)は、常に原理的に膠着する危険性を孕んでいるのである。

これはどれほど大きな鈍角三角形でも、重心はその内部にあることからも、直感的に分かるだろう。

これをなくすためには、いくらかなりと偶然の要素を入れるか、タイマーを設定するしかない。あるいは、ランスロットのように凄く難しくして、事実上読み切れないようにするかだ。

 

2006年04月22日mix日記より)