前庭の千草

そのうちやろうと思っていたが、たけるべさんからのリクエストもあるので、具体的なゲームに即した前庭の広さを、ちょっと検討してみることにした。

なお、以下に言う「ランダムプレーヤ」とは、「ルール違反はしないが、着手は全く出鱈目に選択する」プレーヤで、コンピュータである必要はないが、人間がこれをやるのはかなり苦痛である。(つい、いい手を指してしまう。(笑))

前庭の狭いゲームは、コンピュータプログラムの組みやすいゲームであり、ランダムプレーヤの比較的『強い』ゲームである。もちろん『強い』と言ったって、「ものすごく話にならないほど弱いプログラム」は、「超ものすごく話にならないほど弱いプログラム」よりは『強い』という程度の話である。

最も前庭の狭いゲームは、ニム(三山崩し)である。恐らく最初に作られたゲームコンピュータは、この類だろう。子供と対戦すれば、うまくいけば半分近く勝つかも知れない。とは言えその子がちょっと分かってくれば、たちまち勝率は零に近づくだろう。

思いつくうちで、次に前庭の狭いゲームは、マンカラである。とは言えマンカラでさえ、ランダムプレーヤが勝つのは相当困難だろう。

勝率から言えばカードゲームのような、不完全情報不確定ゲームの方が、ランダムプレーヤに有利かも知れない。カードの出方は偶然に支配され、人間も部分的にランダムプレーヤに近くならざるを得ないからだ。

私の見るところ、ギャンブル系、カシノ系、ストップ系は、かなりランダムプレーヤも戦うかも知れない。一方トリック系はかなり弱く、ラミー系は全然駄目である。

ギャンブルゲームの戦略を一言で言えば、「有利なときにたくさん賭けて、不利なときは賭けない。」だから、ベッティングテクニックとしてはランダムプレーヤは拙劣の極みだ。しかしプレーとしてはそれほどの遜色はないだろう。バカラや、(カードゲームではないが)丁半やルーレットの勝率は50%に近くなり(ただし決して50%にはならない)、これはランダムプレーヤの理論的限界値である。

カシノ系も勿論弱いが、特に花札では「起こし札」はだれにとってもほぼランダムなので、1%ぐらいの勝率はあるかも知れない。

ファンタン(七並べ)や、オールドメイド(ババ抜き)のランダムプレーヤは、案外強い。特に後者は、あらゆるゲームで最も強いかもしれない。

ブリッジになるとビッドがあるから、ランダムプレーヤは悲惨なゲームをすることになろうが、プレーだけならリボークは絶対しないので、それなりのプレーはしそうである。もちろんAとKをぶつけたり、アンダーラフをしたりと、とんでもないプレーのオンパレードだろうが。

これがラミー系となるとからっきしだめだ。ランダムプレーヤの定義にもよるが、あがったときだけあがったと認識してあがる程度の「強い」ランダムプレーヤでも、麻雀で勝てるのは天和のときだけだ。まあゼロではないが、限りなくゼロに近いだろう。ジンラミーや、ラミィキューブでも、ランダムプレーヤは箸にも棒にもかからない。

以上の解析はプログラムのしやすさのような指数と、一部重なるように思うが、どうだろう。

ボードゲームに戻ろう。

チェッカーは、ランダムプレーヤが比較的強い、前庭の狭いゲームである。チェッカーにはハッフィングというルールがあって、悪い手を指させてくれない部分があるからだ。とは言え、人間に勝てることはないだろう。

リバーシは、ランダムプレーヤがかなり強いゲームである。チェッカーよりは手が広いが、人間にとって難しいゲームなので、子供相手なら結構勝てるかも知れない。たまたま鑢攻めのような形になれば、あとは間違える方法がない。

チェスのランダムプレーヤは、もし引き分けを0.5勝と考えるなら、結構強いかも知れない。定義により王手(チェック)は必ず防ぎ、それはかなりよい手である。ランダムプレーヤどうしでやれば、結果は引き分け(ドロー)が殆どだろう。

象棋やチャンギも同様だろう。人間にはころりと負けるが、ランダムプレーヤどうしなら引き分けになる。

将棋もランダムプレーヤはとても弱い。前庭の広いゲームである。しかし引き分けが少ないので、ランダムプレーヤどうしでやると大変なことになる。

かつて農工大の小谷先生はコンピュータを使ったランダムプレーヤどうしの対戦を行った。決着が着くまで十万手かかったと言う。(百万手だったかも知れない) 王手は逃げるのだから、偶然詰めの形を作らない限り終わらない。三手詰めでも、逃げた後の決め手が打てない。頭金一発でも、その金をどこに打つか、又は他の手を指すかランダムでは、いつまでたっても終わらない。

囲碁や連珠は徹底的にだめである。当たりに逃げられない囲碁や、活三を止めない連珠が勝てるわけがない。四を止めるのをルール化しても、棒四を作られてはどうにもならない。

ヘックス(連結碁)も弱い。ごく狭い盤ならともかく、そこそこの広さがあれば、その広さの手数で負けるだろう。

ただし、ルール違反はしないので、レックス(ヘックスのミゼール)は、案外強いかも知れない。

さて、あらゆるゲームで、最も前庭が広いのは、最後に挙げたABG1(二者有限完全情報確定零和アブストラクトボードゲーム)であるかと言うと、そんなことはない。

モノポリーを初め、複雑なボードゲームのランダムプレーヤは、とても弱いだろう。シミュレーションゲームはもっと酷いだろう。ランダムプレーヤの指揮下だけには入りたくないものである。

こうした複雑なゲームは、当然前庭が広いが、しかし、ゲーム自身の複雑さからの比率を見ると案外そうでもない。ゲームの複雑さを、ルールブックの文字数と見て、子供のランダムプレーヤに対する勝率を前庭の広さと見れば、後者を前者で割ることによって、文字数当たりの前庭の広さが出そうである。これを前庭比と呼ぶなら、それが高いのは、やはり、囲碁・連珠・ヘックスなどのABG1であるように思える。

逆に最も前庭の狭いゲームの例を挙げるなら、例えばじゃんけん(ゲームとは言えないかも知れないが)である。ランダムプレーヤのじゃんけんは、全く心理戦も通じないので、相当強い。ランダムプレーヤとじゃんけん勝負を長く続ければ、勝率は50%に近づくだろう。

ただし、戦略的にはつまらない。つまり人間側がずうっとグーを出していても、同じ勝率に近づくからだ。要するにじゃんけんは、前庭はもちろん、奥の深さを示す玄関も母屋も何もない建物なのである。

本日の教訓

もしあなたがランダムプレーヤならば、丁半、ルーレット、ババ抜き、じゃんけんで、勝負しましょう。他のゲームには、手を出さないようにね。

 

(2006年05月16日mixi日記より)